夕飯の時間。 その日は、お義母さん手作りの大根餅が食卓に並びました。
ポン酢が出ていたので、かける前に一応聞いてみました。 「これって、何かかけて食べる感じですか?」
黙って何か調味料をかけられたら嫌な感じですよね。私もされたら嫌なので気を付けています。
そして返ってきたのは、 「別にどっちでもいいけど、味ついてるよ。」
その一言で、私は瞬時に“嫁センサー”が反応しました。
——あ、これは“かけないでほしい”んだな。
そう思って、そのまま食べることにしました。 確かに味はついている。 でも正直、少しポン酢をかけたほうがもっとおいしいのにな、とも思いました。
次に、大根餅を食べたのは娘。 一口食べて、ぽつりと 「味がなーい。」
するとすぐに、お義母さんが言いました。 「誰もかけてないよ〜。あんまりしょっぱいの食べないほうがいいよ。」
その場の空気が、少しピンと張りつめた気がしました。
娘はまだ小学2年生。 それでも、空気を読むことはできます。
不満そうな顔をしながらも、何も言わずに食べ続け、 結局少し残してしまいました。
——子どもって、味が濃いのが好きな時もある。 その日の気分で変わることだってある。
「少しだけかけてみようか?」 そんな一言があっても、よかったんじゃないかな。 子どもの感じたことを、もう少し尊重してあげてもいいのにな。
そう思った出来事でした。
……これで終わりかと思ったら、そうではありませんでした。
ごちそうさまをした娘が、ソファからそそくさとこちらへ来て、 小さな声で言いました。
「おばあちゃん、見てない?」
そして、お義母さんが見ていないのを確認すると、 お皿に残った大根餅に、しょうゆを少しかけて食べ始めたのです。
その姿を見て、胸がぎゅっとなりました。
——子どもなりに、ちゃんと気を遣っていたんだ。
少し前のお義父さんとの出来事でも感じたけれど、 どうして人生を30年も長く生きている“人生の先輩”が、 相手の気持ちを想像したり、尊重したりすることが こんなにも難しくなってしまうんだろう。
年を重ねることと、 心が豊かになることは、必ずしも同じじゃない。
私はただ年を取っていくのではなく、 人の気持ちに目を向けられる大人でいたい。
娘の姿を見て、 そんなことを静かに思った夜でした。
