✨ 幸せのカタチは人それぞれ──松井秀喜さんの弔辞を聞いて思ったこと
先日、松井秀喜さんが長嶋茂雄監督に贈った弔辞を聞いて、私はやっぱり「松井のことが好きなんだな」と、改めて実感しました。
あの言葉には、松井らしさがぎゅっと詰まっていました。
やさしさ、まじめさ、強さ、そしてユーモアも忘れない。
ああ、これが松井秀喜なんだ、って。
でも、ふと思い出したことがあるんです。
私はずっと前から、松井が毎日毎日、野球ばかりの生活を送っていて「それって幸せなのかな?」って、ちょっとだけ心配していたことがありました。
たとえばディズニーランドに行ったり、映画を観たり、そういう“普通の娯楽”を楽しむこともあるのかな?って。
勝手にそんなことを思っていました。
遊びに行く元木さん、ベランダで素振りする松井さん
そんなとき、テレビ番組で元巨人の元木さんが話していたエピソードを思い出しました。
たしかジャンクSPORTSだったと思います。
遠征で海外に行ったとき、元木さんは夜の街に飲みに行っていたそうです。
でも、ホテルに帰ってくると…ベランダから「ブン、ブン」という音が聞こえる。
松井さんが、ベランダで素振りをしていたんです。
スーツケースに、バットを入れて持ってきていたんだと。
それを聞いたとき、やっぱり思ってしまったんです。
「先輩たちが遊んでいるのをうらやましいと思わなかったのかな?」
「なんで自分ばかり、って思わなかったのかな?」
でも、それは私のいらぬ心配でした。
今回の弔辞で、松井さんがこう言っていたのが印象的でした。
私は長嶋茂雄から逃げられません。これからもそうです。それが私の幸せです。
この言葉を聞いて、私の中の心配がすーっと溶けていきました。
松井は、幸せだったのです。
人と比べることではなく、自分が信じた道を一途に歩くこと。
それこそが松井さんの「幸せのカタチ」だったんだと思います。
幸せのカタチは人それぞれ
それを聞いて、私もふと自分のことを思いました。
私は父子家庭で育ちました。
それを言うと、「大変だったね」「かわいそう」と言われることがあります。
でも、私は不幸せではありません。
たしかに、寂しいと感じることがあったかもしれない。
でもそのぶん、たくさんのことを学びました。
幸せって、環境で決まるんじゃない。
自分の手でつかみにいくものなんだ。
松井さんのように、誰かの期待に応えることに喜びを見出す人もいれば、自由に生きることが幸せな人もいる。
どれも素敵です。
最後に
私はこれからも、松井さんのように自分の生き方に誇りを持って歩いていきたいです。
そして、どんなカタチであっても、自分の「幸せ」を見つけて、大切にしていきたい。
読んでくださって、ありがとうございました。